次の刺激を生み出す「いい刺激」
先週はいろいろといいことが続いたが、まずはその1つ目。
3月の未踏ツアーの記事を作成する関係で、古川享さんのオフィスを訪問しました。
私が撮った写真は汚くて使えないものが多いので、フォトグラファー古川さんに頼ろうとしたわけです。
(これは一応、私が撮った写真)
未踏ツアー中、ほぼずっと古川さんと一緒でした。しかし、私はせっかくの機会なので、参加している未踏のエンジニアにもっと話をして欲しいと一歩ひいていることが多かったのです。
ただ1度だけ、カフェで2人きりの時間があったが、あの時は実は風邪で相当参っていて、あまり声も出ませんでした。
訪問時、忙しい古川さんの手間を取らせては行けないと、いろいろ用意はして行ったのですが、古川さんはさらに用意が周到で「はい、選んだ写真はこのUSBメモリに入っているので、今度、返してね」とやさしく手を差し出します。
予想外の展開で少し時間があまったので、古川さんの眺めのいいオフィスで、少しだけ話をさせてもらいました。
そもそも未踏の用事で伺ったので、まず話題に出たのは「未踏」についてでした。
このブログでもさんざん紹介している「TypeTrace」は、実は2006年に「未踏ソフトウェア事業」で採択されスーパークリエイターの称号を受けた作品でもあります。
そこで古川さんにTypeTraceがどんなソフトか、そしてdividualの2人が、このソフトで、どう世界を変えようとしているのかを話しました。
「文章を鉛筆や筆で書いていた時代の作家には生原稿、というものがあります。でも、デジタルの時代になってからは、誰が書いた文章も同じデジタルの文字データ。そんな時代に筆者の思考の痕跡の部分を残そうとしているのが彼ら...」
そう、言うまでもなく古川さんはTypeTraceの本質を掴んでいました。
「いやー、それを聞いて思い出したのは、坂本龍一教授の〜〜というコンサート」
坂本龍一さんがMIDIピアノを使っていたので、どうせならそのMIDIデータをインターネット中継して、音だけならすのではなく、そのピアノの鍵盤を動かして、あたかも、そこに透明人間坂本さんがいて本当にピアノを弾いているような状況を再現すること。それをやってみたらおもしろくて、アーティストの日比野克彦さんが坂本さんのピアノの横で寝てみたり、透明人間の坂本さんと一緒に連弾をしてみたり...」
今、探してみたら、この話ちゃんと古川さんのブログにも書かれていました:
古川 享 ブログ:坂本龍一さんのコンサートに行ってきました
dividualの2人がやろうとしているのも、まさにこれだと思います。
実際、2人によればTypeTraceプロジェクトはそもそもKinetic Keyboardのプロジェクトから始まったといいます。Kinetic Keyboardとは、TypeTrace連動型のHappy Hacking Keyboardを改造したキーボードなのですが、Type Traceによる文字入力の記録をそのまま再現できるキーボード。つまり、記録情報に応じてキーが自動的に打鍵されるのです。
2月まで、東京都写真美術館で開催されていた「文学の触角展」に出展されたン《タイプトレース道〜舞城王太郎之巻》という作品は、まさにこのTypeTrace+Kinetic Keyboardを使って、ある意味、本当に存在するのかも、存在したとしても男なのかも女なのかもわからない覆面作家の舞城王太郎さんを透明人間として出現させる試みをしていました。
毎日、舞城さんから送られてくるTypeTrace形式の生原稿が書かれる様子を再生することによって、そこに舞城氏が意思と思考だけの透明人間として現れ、それをソファに腰掛けながら堪能するという作品。
その話をしたら古川さんも盛り上がって、これからは思考や技の記録の時代かもしれない、という話になりました。
古川さんによれば、文楽(人形浄瑠璃)の技をデジタルアーカイブしようといった試みもあったようです。これかな?
手術などの医療技術の情報の記録もたまに話題になりますし、これからは人間の能力の再現もそうですが、まずはその前に記録/アーカイブ化が重要になってくるんじゃないでしょうか?
そういわれてみれば、指圧などの技術の遠隔伝達や記録も度々、話題になるし、実際にいくつかのメーカーが研究も行っているみたいだし...
この話をしている間、古川さんも脳のシナップスがつながりまくっていたようで、「そしたら、手術の失敗例とかを統計的に分析して、成功の確率をあげるようにできる云々」と、そっちの方に想像が膨らんでいたようですし、私は私で偉人達の存在感をいかにして、次の世代に残すかという方向に想像が膨らんでいってとまらなくなってしまいました。
(たしか)つきあい始めた頃の、ジョンとヨーコが、よく自分らのアイディアのトッピングを始めると、止まらなくなるというようなことを言っていましたが、本当にこういう興奮状態に入ると、楽しいし、気持ちいいですよね。
昔、MACWORLDで講演をしたステファン・ホーキング博士は、「生物はそもそもDNAを交換しあって進化をしてきたが、我々、人間は情報を交換しあって進化する」といっていたけれど、まさにその通りだと思います。
でも、これがただ「情報」を左から右に流すだけだと、何も気持ちよさもなくて、大した変化も起きないけれど、ここに心地よい刺激が加わると、そこから一気に何かすごいものが生まれるきっかけになるような気がします。
いいアイディアが次のアイディアを生み出し、それが基盤となってさらにすごいアイディアが次々と...
実は、このときの脳の状態も、いつでも記録しておいて、スイッチ1つで再現できると、本当はすごくありがたいような気がします。
あっという間に過ぎた20分ほどでしたが、他にも共々、1週間のテレビ番組をまるまる録画するSpider Proの話や、感銘を受けたComputer History Museumの日本版をつくりたい、という話でも盛り上がりました。
この話は、新しくできた慶応義塾大学大学院メディアデザイン研究科のパーティーのときに、古川さんや出版社系の人で盛り上がっていた話題。これまでにも何度か話題にあがっては実現せずにいますが、ぜひ本当に実現させたいところです。
ちょっと前のエントリーで、「and up」の'50-'60年代のラジオを見ていると、発想力が豊かで、作り手がラジオという製品を通して、さまざまなライフスタイルのシーンを想像して、それを提案していた、といったことを書きました(ちなみに「and up」の話も坂本龍一さんにつながりますね。。坂本さん、かなり前に一度、MACWORLD EXPOで見かけたことがあるけど、今度、じっくり話してみたいです。Creative Commonsの話も含めて)。
8ビット時代のパソコンにも、それと近いものがありました。音楽パソコンを提案した製品もあれば、テレビとの融合を目指した製品もあったし、究極のゲーム機を目指したパソコンもありました。
そういった、なんの束縛も受けない自由な発想が、製品の形や仕様を通してにじみ出ていた。
あの時代のパワーって、なんだか、今ものすごく必要とされている気がします。
パソコンって言うのは、だいたいこんなような形で、こんな仕様で、とにかく安いのか速いのがうれているんだ、というコモディティ化に陥りつつある今の世界で...
さて、冒頭でいいことがいくつかあったと書いたけれど、最近は時間の経つのが早くてなかなか思い出せないのですが、あまり花見らしい場所に花見をしに行く時間がなかったのですが、記事用に桜の写真が欲しかったので、田園調布の駅に桜を撮りに行きました。
パーっと並んでいる桜もいいけれど、建物や並木道にまぎれてポツポツと個性豊かな桜が顔を出すのもなかなか良いものです。
で、駅前のロータリーから駅校舎もいれて写真を撮っていると、なんだか2階の窓から、カメラを持って外を覗いている人がいます。
「え!?中入れるの?」
おそるおそる建物に近づくと、同じようにして近づいてきた人達がいたので、その人達と一緒にグレーの扉の向こうにある階段を登ると...
「いやー、いつもはここは開放していないのですが、今日は特別にここで町内会を開くことになって使っていました。滅多に入れることはないですが、特別で...どうぞどうぞ...」と中へ勧められて、町内会関係者でもないのに、他の方、3〜4人と一緒にパシャパシャ写真を撮ってきました。
ちなみに部屋の中は普通の会議室のようでした。
せっかくのいい経験を他人とも共有するーー町内会の方々が示してくれた態度は、まさに私の仕事の原点でもあります。古川さんとの話が、今度はdividualの2人や、その他の方に新たな刺激を与えてくれるのではないかと思って、この記事を書きました。
絶版だけれど、こちらも好きな本:
宇宙の中の生命
田園調布駅の歴史:
田園調布床や談義
3月の未踏ツアーの記事を作成する関係で、古川享さんのオフィスを訪問しました。
私が撮った写真は汚くて使えないものが多いので、フォトグラファー古川さんに頼ろうとしたわけです。
(これは一応、私が撮った写真)
未踏ツアー中、ほぼずっと古川さんと一緒でした。しかし、私はせっかくの機会なので、参加している未踏のエンジニアにもっと話をして欲しいと一歩ひいていることが多かったのです。
ただ1度だけ、カフェで2人きりの時間があったが、あの時は実は風邪で相当参っていて、あまり声も出ませんでした。
訪問時、忙しい古川さんの手間を取らせては行けないと、いろいろ用意はして行ったのですが、古川さんはさらに用意が周到で「はい、選んだ写真はこのUSBメモリに入っているので、今度、返してね」とやさしく手を差し出します。
予想外の展開で少し時間があまったので、古川さんの眺めのいいオフィスで、少しだけ話をさせてもらいました。
そもそも未踏の用事で伺ったので、まず話題に出たのは「未踏」についてでした。
このブログでもさんざん紹介している「TypeTrace」は、実は2006年に「未踏ソフトウェア事業」で採択されスーパークリエイターの称号を受けた作品でもあります。
そこで古川さんにTypeTraceがどんなソフトか、そしてdividualの2人が、このソフトで、どう世界を変えようとしているのかを話しました。
「文章を鉛筆や筆で書いていた時代の作家には生原稿、というものがあります。でも、デジタルの時代になってからは、誰が書いた文章も同じデジタルの文字データ。そんな時代に筆者の思考の痕跡の部分を残そうとしているのが彼ら...」
そう、言うまでもなく古川さんはTypeTraceの本質を掴んでいました。
「いやー、それを聞いて思い出したのは、坂本龍一教授の〜〜というコンサート」
坂本龍一さんがMIDIピアノを使っていたので、どうせならそのMIDIデータをインターネット中継して、音だけならすのではなく、そのピアノの鍵盤を動かして、あたかも、そこに透明人間坂本さんがいて本当にピアノを弾いているような状況を再現すること。それをやってみたらおもしろくて、アーティストの日比野克彦さんが坂本さんのピアノの横で寝てみたり、透明人間の坂本さんと一緒に連弾をしてみたり...」
今、探してみたら、この話ちゃんと古川さんのブログにも書かれていました:
古川 享 ブログ:坂本龍一さんのコンサートに行ってきました
dividualの2人がやろうとしているのも、まさにこれだと思います。
実際、2人によればTypeTraceプロジェクトはそもそもKinetic Keyboardのプロジェクトから始まったといいます。Kinetic Keyboardとは、TypeTrace連動型のHappy Hacking Keyboardを改造したキーボードなのですが、Type Traceによる文字入力の記録をそのまま再現できるキーボード。つまり、記録情報に応じてキーが自動的に打鍵されるのです。
2月まで、東京都写真美術館で開催されていた「文学の触角展」に出展されたン《タイプトレース道〜舞城王太郎之巻》という作品は、まさにこのTypeTrace+Kinetic Keyboardを使って、ある意味、本当に存在するのかも、存在したとしても男なのかも女なのかもわからない覆面作家の舞城王太郎さんを透明人間として出現させる試みをしていました。
毎日、舞城さんから送られてくるTypeTrace形式の生原稿が書かれる様子を再生することによって、そこに舞城氏が意思と思考だけの透明人間として現れ、それをソファに腰掛けながら堪能するという作品。
その話をしたら古川さんも盛り上がって、これからは思考や技の記録の時代かもしれない、という話になりました。
古川さんによれば、文楽(人形浄瑠璃)の技をデジタルアーカイブしようといった試みもあったようです。これかな?
手術などの医療技術の情報の記録もたまに話題になりますし、これからは人間の能力の再現もそうですが、まずはその前に記録/アーカイブ化が重要になってくるんじゃないでしょうか?
そういわれてみれば、指圧などの技術の遠隔伝達や記録も度々、話題になるし、実際にいくつかのメーカーが研究も行っているみたいだし...
この話をしている間、古川さんも脳のシナップスがつながりまくっていたようで、「そしたら、手術の失敗例とかを統計的に分析して、成功の確率をあげるようにできる云々」と、そっちの方に想像が膨らんでいたようですし、私は私で偉人達の存在感をいかにして、次の世代に残すかという方向に想像が膨らんでいってとまらなくなってしまいました。
(たしか)つきあい始めた頃の、ジョンとヨーコが、よく自分らのアイディアのトッピングを始めると、止まらなくなるというようなことを言っていましたが、本当にこういう興奮状態に入ると、楽しいし、気持ちいいですよね。
昔、MACWORLDで講演をしたステファン・ホーキング博士は、「生物はそもそもDNAを交換しあって進化をしてきたが、我々、人間は情報を交換しあって進化する」といっていたけれど、まさにその通りだと思います。
でも、これがただ「情報」を左から右に流すだけだと、何も気持ちよさもなくて、大した変化も起きないけれど、ここに心地よい刺激が加わると、そこから一気に何かすごいものが生まれるきっかけになるような気がします。
いいアイディアが次のアイディアを生み出し、それが基盤となってさらにすごいアイディアが次々と...
実は、このときの脳の状態も、いつでも記録しておいて、スイッチ1つで再現できると、本当はすごくありがたいような気がします。
あっという間に過ぎた20分ほどでしたが、他にも共々、1週間のテレビ番組をまるまる録画するSpider Proの話や、感銘を受けたComputer History Museumの日本版をつくりたい、という話でも盛り上がりました。
この話は、新しくできた慶応義塾大学大学院メディアデザイン研究科のパーティーのときに、古川さんや出版社系の人で盛り上がっていた話題。これまでにも何度か話題にあがっては実現せずにいますが、ぜひ本当に実現させたいところです。
ちょっと前のエントリーで、「and up」の'50-'60年代のラジオを見ていると、発想力が豊かで、作り手がラジオという製品を通して、さまざまなライフスタイルのシーンを想像して、それを提案していた、といったことを書きました(ちなみに「and up」の話も坂本龍一さんにつながりますね。。坂本さん、かなり前に一度、MACWORLD EXPOで見かけたことがあるけど、今度、じっくり話してみたいです。Creative Commonsの話も含めて)。
8ビット時代のパソコンにも、それと近いものがありました。音楽パソコンを提案した製品もあれば、テレビとの融合を目指した製品もあったし、究極のゲーム機を目指したパソコンもありました。
そういった、なんの束縛も受けない自由な発想が、製品の形や仕様を通してにじみ出ていた。
あの時代のパワーって、なんだか、今ものすごく必要とされている気がします。
パソコンって言うのは、だいたいこんなような形で、こんな仕様で、とにかく安いのか速いのがうれているんだ、というコモディティ化に陥りつつある今の世界で...
さて、冒頭でいいことがいくつかあったと書いたけれど、最近は時間の経つのが早くてなかなか思い出せないのですが、あまり花見らしい場所に花見をしに行く時間がなかったのですが、記事用に桜の写真が欲しかったので、田園調布の駅に桜を撮りに行きました。
パーっと並んでいる桜もいいけれど、建物や並木道にまぎれてポツポツと個性豊かな桜が顔を出すのもなかなか良いものです。
で、駅前のロータリーから駅校舎もいれて写真を撮っていると、なんだか2階の窓から、カメラを持って外を覗いている人がいます。
「え!?中入れるの?」
おそるおそる建物に近づくと、同じようにして近づいてきた人達がいたので、その人達と一緒にグレーの扉の向こうにある階段を登ると...
「いやー、いつもはここは開放していないのですが、今日は特別にここで町内会を開くことになって使っていました。滅多に入れることはないですが、特別で...どうぞどうぞ...」と中へ勧められて、町内会関係者でもないのに、他の方、3〜4人と一緒にパシャパシャ写真を撮ってきました。
ちなみに部屋の中は普通の会議室のようでした。
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絶版だけれど、こちらも好きな本:
宇宙の中の生命
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田園調布駅の歴史:
田園調布床や談義