廣川玉枝が、大阪・関西万博で手掛ける2つの「皮膚のデザイン」
以前の投稿が人気だった皮膚のデザイナー、廣川玉枝。彼女の最新作が、現在開催中の大阪・関西万博で見られる。廣川が関わるのは「いのちの未来」パビリオン(通称:石黒館)と「住友館」の2つだ。
廣川玉枝の「皮膚のデザイン」とは何か。生来持つ皮膚を第一の皮膚、衣服を第二の皮膚として捉え、同じ技術の延長線上で椅子などの家具や、車や飛行機などのモビリティ型の衣服を第三の皮膚、それらを覆う事ができる建築物や空間を第四の皮膚、環境や風土に纏わせる第五の皮膚、そして仮想空間や宇宙空間のための第六の皮膚のデザインもできると考え、「皮膚のデザイナー」として活動の幅を広げてきた。
彼女は、人間には太古の昔から神に近づこうとしたり、別の動植物の力を得るなど自らを別の存在へと変容しようとする「身体の夢」があり、それを実現する手段としてボディペイントやタトゥーを施し、衣服で表現するようになったと考えている。興味がある方は過去の投稿『拡張を続ける廣川玉枝の「皮膚のデザイン」』を読んでいただくと廣川の皮膚のデザインとクリエイションについて深く知ることができる。
そんな彼女のデザインが石黒館では“1000年後の人類”の姿の礎に、住友館では森を案内する“風”の表現に活かされている。
アンドロイドとの共生が当たり前な未来を体感できる石黒浩「いのちの未来」パビリオン
シグネチャーパビリオンの一つ「いのちの未来」は、ロボット工学の第一人者・石黒浩大阪大学教授がプロデュース。石黒教授は「2050年までに、人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会の実現」を目指すムーンショット型研究開発事業のプロジェクトマネージャーでもある。
「いのちを拡げる」をテーマに掲げるパビリオンは、科学技術と融合することで「いのち」の可能性を飛躍的に拡げる未来像を描く。建物自体も「水」に着目したデザインで「いのち」を象徴している。館内は3つのゾーンで構成。来場者は順路に沿って「いのち」の物語を追体験していくスタイルになっている。
最初のゾーンは「いのちの歩み」。ここでは、縄文時代の土偶から始まり、埴輪、仏像、そして現代のアンドロイドに至るまで、日本人が古来より「モノ」にいのちを宿してきた歴史が紹介されている。アニミズム思想が根付く日本では、自然物や道具などあらゆるものに魂が宿ると考え、大切にする文化が育まれてきたことがわかる。このような「いのち」の捉え方は国や文化によって全く異なり、西洋の人がAIに恐怖を感じる理由なども通じて理解が深まる可能性がある。このゾーンでは、顔が画面になった猿型ロボット「aiai walkie(アイアイ ウォーキー)」が案内をしてくれる。
続くゾーンは「50年後の未来」。ここでは、50年後の2075年の世界を舞台に、「おばあちゃんと孫の物語」を通して人間とアンドロイドが共存する社会が描かれる。プロジェクションマッピングで瞬時に家の内装が変わったり、ホログラムで遠隔の先生や友人と共に学ぶ未来の大学の講義など、高度なテクノロジーが当たり前になった生活が具体的に示される。来場者は、二人の間でなされる対話や出来事を見聞きしながら部屋を移動し、物語を追体験するスタイルになっているため、自分が物語の中にいるような没入感がある。
物語のハイライトの1つが「いのちの選択」——寿命を迎えるおばあちゃんが、身体を機械化してアンドロイドとして生き続けるか、それとも自然なままの身体で寿命をまっとうすべきかという選択を迫られる。
来場者はいくつかある部屋を歩いて巡りながらこの物語を追うのだが、よく見ると他の来場者に紛れてアンドロイドが一緒にこの物語を見ているといった演出もある。まるで自分が本当に、アンドロイドが当たり前の未来の世界を、ただ見るのではなく肉体感覚として体験できるのが、このパビリオンの凄いところだ。聞くところによれば、これまで石黒氏が作ってきた、ほぼすべてのアンドロイドが現在、ここに集約されているらしい。
廣川玉枝とのコラボレーションで描かれた「1000年後のいのち」
2つのゾーンを見終えて、階段を降りると、いよいよ廣川玉枝の関わった最後のゾーン、「1000年後のいのち —まほろば—」へと進む。ここは、1000年後の世界をイメージした、 音と光に包まれた幻想的な空間だ。窓やドアなど家の一部や、インテリアが置かれていた、現代社会と地続き感があったゾーン2までとはガラっと異なり部屋は真っ暗な空間。そこに現れるのは、科学技術と融合し、「身体の制約から解放された人間」の姿を表現した3体のアンドロイド。廣川玉枝は、その衣装をデザインしている。
石黒教授は「ロボットは人類が手にした究極の道具であり、やがて人とロボットはひとつになり、共に生きる未来が訪れる」と語っている。本プロジェクトの「ロボットと人間の、いのちの境界がなくなる未来」というビジョンに基づき、廣川玉枝が人間と道具が融合する1000年後のいのちの姿をデザインによって具現化した。
衣装は、「骨格」と「皮膚」の二層構造からなる。骨格構造「Kanon(カノン)」は、 生命の起源であるDNAの二重螺旋をモチーフに渦を描く流麗な曲線で構成され、翼のように広がるそのフォルムはアンドロイドの身体を有機的に拡張。飛翔するフェニックスを思わせる。
その骨格の上を覆う外皮は、廣川が長年研究・開発してきた無縫製ニット「スキン シリーズ」でデザイン。「いのち」の渦を表した文様「Trowa(トロワ)」を編みの技術を用いて描いている。
高密度で繊細に編まれた三つ巴の渦が輪となり、永遠に続くイメージを表現。この「スキン シリーズ」は生来の皮膚のような柔軟性と伸縮性を備え、アンドロイドの動きに自然に追従する特殊な編み構造を実現している。
衣装デザインの具現化には、日本の熟練職人の技術が不可欠だったという。無縫製ニットは精緻なデータをプログラミングするデジタル工藝技術で一体成型され、頭頂から裾までアンドロイドを包み込む。染色には着物文化に根ざした「ぼかし染め」が用いられ、表面には銀箔を薄く貼るなど日本ならではの職人技が息づいている。
デジタル技術と伝統的手仕事の融合が、「Kanon」と「Trowa」を通じて幻想的な未来世界を描き出している。
廣川は「ロボット工学の第一人者である石黒教授と共同することで、長年取り組んできた“皮膚のデザイン”をさらに深化させる機会となった」と語っている。
大作のSF映画一本を観たような充足感と強い印象を残すシグネチャーパビリオンの中でも筆頭のおすすめパビリオンだ。
住友館 — 風を纏う
もう1つの舞台「住友館」は森がテーマ。「さぁ、森からはじまる未来へ」をキャッチコピーに、森の中で「いのちの物語」に出会うインタラクティブ体験や植林体験を提供する。住友グループには別子銅山の荒廃した山に植林し、100年かけて森を再生させた歴史があり、その経験が経営理念の原点になっているという。
美しい木造のパビリオンの建築デザインは、住友の発展の礎である別子銅山の山の峯のシルエットを表現。パビリオンの建設には、住友グループが保有する「住友の森」から切り出した約1000本の木が活用されている。これには1970年の大阪万博後に植えられた木々も含まれるという。余すことなく活用するために「桂剥き」加工を採用し、「1本1本のいのちを大切にしたい」という想いから、木材として使いづらく廃棄されることの多い「芯」の部分もパビリオン周辺に置かれたベンチに使われている。会期後はすべての構造材をリユースする計画である。
館内の見どころとしては、ランタンを手に森の中を巡るインタラクティブ体験 「UNKNOWN FOREST 誰も知らない、いのちの物語」や、幅約20m、高さ約7.5mの大型シアター「パフォーミングシアター」での映像、音楽、人が融合する迫力ある演出が挙げられる。 館内では建物の中にいることを忘れてしまうほど木々が生い茂り、植物や動物が共存する神秘的な森が再現されている。
森のいたるところに実在する動植物や昆虫のアートが点在し、中には動くものもある。ガイド役となるスピーカー内蔵のランタンを置いたり吊るしたりすると、植物が光り輝き、隠れていた動物が現れる。中には同館がキュレーションしたアーティストの手による動物のアニメーション作品や切り絵などの作品も隠れており、それぞれが森に関する科学的事実に基づいた「いのちの物語」を表現している。本格的なテーマパークのアトラクションのような質の高い体験の中に、ちゃんと学びの要素も含まれている。
本物さながらの森をしばらく探検すると嵐がやってきて、次のゾーンへと誘導され、その後、「パフォーミングシアター」へと案内される。ここで観る映像とパフォーマンスが同館のクライマックスだ。
上演されるのは古より森を見守ってきたマザーツリーの「いのち輝く最期の姿」を描く物語。風や霧、複層の映像スクリーンと音楽、人の融合による大迫力演出で繰り広げられる。特に映像とダンサーのコラボレーションシーンが素晴らしい。
それもそのはずで「風」の精を演じるダンサーの振り付けは、世界的なダンサーで振付師の小尻健太が手掛けており、衣装は廣川玉枝が手掛けている。
廣川の衣装は単なる装飾ではない。それは風という見えないものに形を与え、映像や音・光と呼応しながら「UNKNOWN FOREST」の世界観を完成させる重要な舞台装置となっている。
彼女は「風の不規則で自由な流体性を表現したかった」と語り、それぞれの衣装には次のような特徴がある。
まず、ダンサーの身体と一体化する無縫製ニットの「スキン シリーズ」は、縫い目のない構造と高い伸縮性が、まるで皮膚のようにダンサーの身体に馴染む。青みがかった有機的なグラデーションと銀箔による立体的な輝きが、風の流れを繊細に表現している。
次に、プリーツ加工を施した極薄のテキスタイルを用いた衣装では、透過性のある素材が空気を含み、ダンサーの動きに呼応して舞い上がることで、風の予測不能な揺らぎを視覚化した。
そして、同一形状のパーツを重層的に配置し、蛇腹状の構造を取り入れた衣装では、風が空間をすり抜ける軌跡が立体的に描き出され、森に息づく「いのちといのち」を結ぶ風の役割を印象づけている。
この風の揺らぎを感じる衣装を映させるのが14名のダンサーと、小尻健太による繊細な振り付けだ。
シアターは、デジタルの無機質を感じさせるただの四角いスクリーンではなく不定形な巨大LED映像の手前に2枚のオーガンジー (透け感のある布)を重ねた複雑な3層構造となっている。手前のオーガンジーにはLEDの表示とは別に動物などのアニメーションが投影されている。ダンサーはこの3つの映像のレイヤーと同期して踊る必要がある。そもそも人間ではなく本当に風の精なのではないかと思わせる自然なパフォーマンスになっている。
特に冒頭に少し出てくるだけのレイヤー構造を感じさせる衣装でのダンスが美しいので、体験する人は注意して見てほしい。
なお、住友館では、このシアターの後にも楽しみが待っている。「UNKNOWN FOREST」の中に登場した森のさまざまな現象が実は本物の森のこんな事象を元にしているといった解説や、どこに何があったかがわかる立体模型が展示されている。
さらには森や自然について映像で楽しく学ぶことができる「森のがっこう」。ここは別途予約が必要な植樹体験のための教室としても使われる。
樹の種を植えない人にも「ミライのタネ」を持ち帰ってもらうためのコーナーなどだ。
「ミライのタネ」は住友グループ各社の最先端技術の取り組みやAIを活用した独自のプラットフォームで創られた未来のアイデアおよそ700点を紹介する展示。特設Webサイトを通じて誰でもアイデアを創出し共有することができる。万博終了後もデータベースはアーカイブとして残り、持続可能な共創の場としての活用が見込まれている。
クリエイターの競演の場としての万博
この記事を書くまでに既に万博会場には5回以上足を運び20を超えるパビリオンを見てきた (いのちの未来パビリオンと住友館もともに2回ずつ訪れた)。今回紹介した2つに限らず、驚くほど多くの知っているクリエイターが万博会場のそこかしこに関わっていることに驚かされる。
石黒館の企画統括ディレクターは日本科学未来館の元キュレーター/展示スーパーバイザーで現在は一般財団法人JR東日本文化創造財団 TAKANAWA GATEWAY CITY 文化創造棟準備室長の内田まほろさん、最後の「まほろば」や案内役アンドロイドをデザインしたのはロボットデザイナー・美術家でFlower Robotics社CEOの松井龍哉さん、と言った具合に私が日頃、懇意にしていただいているクリエイターが多く関わっているパビリオンでもある。
最後に来場者を見送ってくれるアンドロイドがいるが、こちらも衣装が何度か訪問したことがある加賀友禅の毎田染画工芸の毎田仁嗣さんが担当。そしてそのアンドロイドが頭に被っているヘッドピースはbjörkのマスクを製作したことでも知られる金沢のデザインユニット、seccaが手掛けていた。第一線で活躍しているさまざまなクリエイターが関わっている点やストーリーの細かな部分まで膨大な数のワークショップなどを重ねて丁寧に作っている点も見逃せない。
また住友館では廣川玉枝と小尻健太以外にも、切り絵アーティストのリトなど多くのクリエイターとコラボレーションをしている。
各パビリオンに、制作に関わった人々のクレジットが掲げられ、パビリオン単位で用意した図録にそれが書かれていたりするが、この2館に限らず、多くのパビリオンが、映像や音、ロゴマークをはじめ非常に細かなところにまで大勢のクリエイターたちと取り組み、凄い手間と時間と労力をかけて体験を作り上げている。もし、あなたのお気に入りのクリエイターが、万博に関わっているなら、そのクリエイターとの関わりを通して楽しむ、というのも万博の1つの楽しみかも知れない。