震災後56時間の間に考えていたこと

0311 Shibuya Station


JR Shibuya Station

続いて一番、支援が足りていなさそうな人

帰宅してからは3日間、家にこもり、ずっとTwitterとにらめっことなった。画面の向こう側に被災して大変な思いをする大勢のリアルな人々がいる。その仲に思いっきり自分が親しくしている人もいて、不安で大変な思いをしている様子も、数少ないつぶやきを通して確認していた。

「何かをやらなきゃいけない」

 おそらく、そういう思いにかられたのは私だけではないだろう。おそらく震災地に関する、より詳しい情報は誰かがテレビなどを見て書いているだろうし、渋谷駅を離れた後の私ならではできる、まだあまり他の人ができてない支援は何だろう。そう考えて、私が始めたのが英語での情報提供だった。JRの駅に行っても、バス停に言っても用意されている情報は英語だけだった。渋谷の交差点の辺りでは、何が起きているのか情報を得られず困っている外国人の方を大勢見かけた(この初動のために、多くの英語圏の人が私を「信頼できる情報源」として紹介してくれたが、その分、後々、英語でつぶやく人を大勢見かけ始めてからは、すっかり日本語のつぶやきばかりに戻してしまったので罪悪感を感じることになる)。

 実際のツイートは、Twilogに記録が残っているので、そちらを見てもらうといい(他の人のつぶやきの公式リツイートは表示されない):

twilog:2011年3月11日のつぶやき

 その後、Think The Earthのオフィスにお邪魔し、数時間そうしたつぶやきをしていた後、無事、電車で帰宅してからの私は数日間、家に閉じこもることになる。

 

次にニーズのハッキリした人

 タイムラインの向こう側には、真剣に困っている無数のリアルな人々がいる。交通麻痺で家に帰ることが出来ず途方に暮れる人々、家族の安否を気遣う人、今にもバッテリーの切れそうな携帯を持って瓦礫の下にうずもっている少女、食料や飲み水を探して遠い距離を歩く人々。

 タイムラインのこちら側からでも、何かができるんじゃないか。

 情報を求めている人がいれば、それを調べ教え、調べてもわからない情報は公式RTをして、誰か知っている人の反応を待った。広める必要がある情報があれば、嘘を広げないように相手をフォローしてDMでしっかりインタビューして、その上で情報をRTしたり、もっと伝わりやすいカタチに編集してつぶやいた。

 気がつくと、周りにも必死で同じことをしている人達が大勢いた。

 個人的にはどなたかが公式RTしてくれていた芸能人の加藤夏希さんのツイートが、よく目に付き、バランスのとれたつぶやき方に好感を持ったのでフォローさせてもらい、いくつか私も彼女のつぶやきを公式RTさせてもらった。熱心につぶやいていた有名人は彼女だけではないだろうが、いずれにせよそんな有名人の方も現地を真剣に心配し行動してくれると知っただけで勇気づけられる人がいるんじゃないか、という思いもあった。

 やがて、助けを求める人も、情報伝播の効率がいいフォロワー数の多い人宛に「【拡散お願いします】〜〜〜で人が孤立していて救助を必要としています。助けて下さい。」といったつぶやきを送ってくるようになった。

 私は好きと思う情報、これはいいと思う情報が自然にRTされるのが好きで、人工的に「拡散お願いします」と頼まれることが嫌いだが(長い目でみるとTwitterをダメにしてしまう行為に思えてならないので)、そうしたつぶやきを送ってくる数人のタイムラインを見て驚いた。

例えば、つぶやきが「【拡散希望】〜〜〜で人が孤立していて救助を必要としています。助けて下さい。」というメッセージだとすると、同じつぶやきをコピー&ペーストで延々とフォロワー数が多い人宛につぶやいている:

@masason 【拡散希望】〜〜〜で人が孤立していて救助を必要としています。助けて下さい。

@takapon_jp 【拡散希望】〜〜〜で人が孤立していて救助を必要としています。助けて下さい。

@kazuyo_k 【拡散希望】〜〜〜で人が孤立していて救助を必要としています。助けて下さい。

@kohmi 【拡散希望】〜〜〜で人が孤立していて救助を必要としています。助けて下さい。

@

....

といった具合だ。そして、その合間に家族や兄弟にTwitterの使い方を教えるつぶやきがあったり、知り合いに自分の安否を教えるつぶやき。その必死さから事態の深刻さがひしひしと伝わってくる。数日後、家の外に出たときまで、東京はほとんど無事だったということを忘れ、すっかり自分も被災したかのような錯覚に陥っていた。


投稿者名 Nobuyuki Hayashi 林信行 投稿日時 2011年04月03日 | Permalink

311後、考えたこと:現場判断編

光陰矢のごとし。あのビックリする大地震のショックから既に2週間が経った。
地震の瞬間、私はAR.Droneの製品担当者来日にあわせて行われたUstream番組の放送を追えて、渋谷のパルコ8階の飲食店にいた。
下のYouTubeが、その時撮った映像だ。
「揺れ始めた」と思ってからiPhoneで動画を撮り始め、そこからエレベーターホールに避難誘導されるまで3分半以上。「そろそろ収まるかな?」と思い続けるほどに揺れが大きくなる、実に長く感じた3分半だった。


震災からの14日間、いろいろなことを考えていた。
書きたいことが結構、たくさんあって、1つの記事にまとめると長くなるので、ブログに「311」というカテゴリーをつくって、小分けして書いていこうと思う。


投稿者名 Nobuyuki Hayashi 林信行 投稿日時 2011年03月25日 | Permalink