ビル・ゲイツのトイレはマウスとキーボードで流す!?

*リンク先のblog記事が消えていたので、ちょっと中身を更新しました*
**復活したので、さらに更新しました**

急ぎ系の仕事がやっと一段落、このスキにblogに書きたかったことをちょこっと書いておこう。
先日の「みずほ証券による株の誤注文事件」についてだ。

 私の好きなblog、Life is Beautiful」で、この問題を「ビル・ゲイツの家のトイレは流そうとすると「本当に流しますか?」と警告してくる」というウィットの利いたタイトルで取り上げていた。
このエントリーのタイトルはそれのパロディーである...

さて、あのような事件が起きると、私がまず思い出すのが「誰のためのデザイン?」に代表されるドン・ノーマンの書籍だ。
ノーマンはかつて「ヒューマンエラー」が原因とされていたスリーマイル島の原発事故を政府派遣団として調査し、人に責任をなすりつけるのは簡単だが、そもそものデザインにも問題があったことを指摘する。

 例えば似たようなスイッチがズラーっと並んでいるスイッチボックスがあったとしよう。人は緊急時にそれらを正しく操作できるだろうか?
 あなたは例えば残業で会社から1番最後まで居残ったとき、帰りにどのスイッチがどの電気を消すのかがわからずスイッチを押しまくったことがないだろうか。
 そういった経験があれば、その電気スイッチは「デザイン皆無」のスイッチである可能性が高い。

 押す感触のあるスイッチはまだいい。これがデジタルになってくると、ものごとは余計複雑だ。

 昔、カセットテープレコーダーからMDに切り替えたとき、「録音しているつもりで録音できていないこと」がよくあった。カセットテープレコーダーなら、くるくる回るテープが「ただ今、録音中」であることを一目瞭然に示していたが、私が買った初期のMDは中の円盤が隠れていて、録音中はLCDに「REC」の文字が表示されるだけだった。
'90年代、来るべきデジタルテクノロジーのデザインがどうあるべきかーー人間の心理や、認知のしくみ、行動といったものを理解したノーマンらの認知科学者らを中心に、そういったさまざまな研究が行われてきたが、突然のインターネットブームで、それがすべて崩された印象がある。

 Human Computer Interactionの開発の中心が、OSやアプリケーションから、Webページのデザインに一気に移行したからだ。そしてこういったWebページのデザインをしていた人のほとんどが「我流」を押し通していた。
 やがて、ヤコブ・ニールセンらが「Webユーザビリティー」を説き始めるが、声が届いたのは、ほんの一握りの人達だけだ。

 結局、人類は試行錯誤をしながら、デザインを洗練させるプロセスを、もう1度上からなぞることになる。
 でも、こうした繰り返しにはいいところもある。Webをベースにした軽いユーザーインターフェースのデザインでは、実用性に加えて「アイキャッチ的要素」や「気持ちよさ」、「心地よさ」といったものも重視されるようになったからだ。
 '90年代は、認知のしやすさ最優先で、実用性一辺倒のややあか抜けないデザインを推していたドン・ノーマンも21世紀に入るとエモーショナルな部分に触れる要素も重要と説き始める(もっとも近著「エモーショナル・デザインのポイントはそこではないが...

 もっとも、ほとんどのWebページは、間違ったデザインが使われていても、それによって何か深刻なダメージが起きるわけでもないので、たまには失敗するくらいの方がいいのかもしれない。

 一方、冒頭で触れた「みずほ証券」のようなケースでは別の話となる。デザインの問題が、深刻なダメージを引き起こすのだーーLife is beautifulさんでは、この問題を(少なくとも今の時点のエントリーでは)アラートボックスの問題として扱っている(彼の持論は今後も展開されるようだ)。

 最初の数回の刺激は新鮮でも、同じ刺激を何度も繰り返すうちに、その価値は薄れていく。「オオカミが来たぞ」状態だ。

 これを'90年代的、つまり左脳的かつ「とりあえず、スペックシートの要求は満たしました」的アプローチで解決しようとすると、アラートボックスで警告ということになる。
 
 私はこういったインターフェースは、そもそもDKM(Display, Keyboard, Mouse)をメインに使うこと自体が間違っているように感じる。

 画面の上に表示される数字や、アラートボックスといったものだけで、物量やら何やらを認知しようということにそもそも無理がある。画面上の情報で表せることは非常に限られている。もちろん、表現の仕方の問題もあるが、例えばMac OS XやWindowsのパソコンでも、ハードディスク容量が逼迫してきた時に、どのファイルを捨てればいいのかがすぐにわからない。
 冷蔵庫の中がいっぱいだったら、とりあえず全体を見渡して、かさばっているものを消費するなり、別の場所に移すなりして場所を確保できる。
 しかし、画面に表示されるフォルダのアイコンを見ただけでは、かさばっているファイルがどこにあるのかはわからない(だから、容量とかを条件にした検索とかをしなければならない)。

 証券会社や証券取引所でも、DKMにこだわらず、例えばカジノのチップのような実際の物体とかを使うなり、もっと感覚的に認知しやすいインターフェースを開発すべきではないだろうか。
 たしかに世の中の、ほとんどのパソコンは本体+DKMの構成で、専用のインターフェースをつくることはコストもかかるかもしれない。しかし、証券会社や取引所では、そうしたコストを補ってもあまりあるほどのリスクを背負っているし、それくらいの投資をする価値は十分にあると思う。
 同様のことが言える分野は、他にもいくつでもあると思う。

 最近、Web 2.0と共に注目を集めてきた「永遠のβ版(Perpetual Beta)」は、何もWebアプリケーションだけの話ではない。ソフトウェアだけの話でもなければ、IT業界だけの話でもない。

 パソコンだって、今ある、本体+DKMという形が最終形ではなく、今後、これからもっと進化も多様化もするべきだし、パソコン雑誌だって、よくある新機種解体記事だけが最終形ではない。
 車だってまだまだ進化すれば、世の中で当たり前になっているデザインにしたって、改良の余地があるものも多いはず。

 これまで、そういった「世の中で当たり前」と思っていた領域にまでメスを入れて、イノベートしてきた会社といえば、やはりアップルがその代表格だったような気がする。
 例えば、Compaqショック以降、パソコンメーカーが、パソコンは安くするか速くするしか生き残る道がない、と思い込んでいた時代にiMacを発売したのもアップルだった。
 音楽プレーヤーは小さく安いのがいいんだと思われていた時代にiPodをつくった。
 パソコンの直営店は失敗すると言われていた時に、Apple StoreをつくってGapやCoachの直営店よりも成功しているビジネスにした。

 インプレスの「desktop」という雑誌のブレスト段階をしていた時、その編集長に言ったことがある。昔から考えていた問題だ。

 人は最初、まっさらな大地からスタートする。その上でいろいろ試行錯誤しながら、なんとか建物をつくっていく。すると、やがて試行錯誤の成功によって築かれた建物を土台に、次の段階の試行錯誤が始まり、前の建物の上に別の建物がつくられる。
 こうしたことを繰り返すうちに、どんどんと発展していくが、気がつくと土台はどんどん狭くなっていく。
 でも、その時点では過去の成功の積み上げによって築かれた土台が、常識として染み付いてしまったあまり、『
もしかしたら、この建物は右の方ではなく、左の方に伸びていった方がよかったのかもしれない』といった議論が行われなくなってしまう。
 だから、土台は定期的に見直して作り直さなければならないし、場合によってはそもそもまったく別の場所に第1の土台を築くことも重要かもしれない。

 といった持論だ。
 当時のパソコン雑誌がいかに間違った道を進み始めているか、という話で持ち出したんだと思う。実際、パソコン雑誌の多くは今でも、過去に成功した同じような企画ばかりを繰り返している。そうすれば大きく踏み外すこともないが、見る側にとっては3度目、4度目のアラートボックスと同じくらいに、どうでもいい存在になってしまいかねない。

 またしても話が広がりすぎてしまったので、最後にちょっとだけ認知科学者達が生み出したHCI(Human Computer Interaction)という分野の話に戻そう。こうした分野が、なぜ軽視されがちかというと、やはり、そうしたものの重要性自体が認知されていない、ということもあるのだろう。今回のみずほ証券のような事態が起きれば、にわかに注目は集めるが、喉元を過ぎれば熱さを忘れてしまう。
 HCIの重要さを、定着させるには、まず認知することの重要さ、そのものの認識を高めていかなければならないのだろう。



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投稿者名 Nobuyuki Hayashi 林信行 投稿日時 2005年12月16日 | Permalink

  • Re: ビル・ゲイツのトイレはマウスとキーボードで流す!?


     TBありがとうございます。サーバーに障害があり、せっかくリンクを張っていただいた記事が一時アクセス不能になってしまい、ご迷惑をおかけしました。
     ご指摘の通りにUI・HCIの分野は、まだだま進化する余地が残っていますね。そもそも、「使いやすさ」を定量的に測る方法もないので、なかなかサイエンスにはなりにくい分野です。アップルの強さは、スティーブ・ジョブスが「使いやすさ」にとことんこだわり、細部のデザインにまで口を出すからです。アップルで働く人たちは、それには閉口しているようですが、結果的に良いものが出来てくるのですからそれはそれで良いのかと…

    投稿者名 Satoshi