aikuchi:美しく魅せる「日本の美意識」
美しさを極めるには「覚悟」が必要だ。
その「覚悟」に惹かれたか昨晩の「aikuchi」発表会は人で溢れ返っていた。
「aikuchi」は気鋭の映像集団WOWの最新のプロジェクト。
私はWOWを紹介する時、ほぼ毎回「新鋭」、「気鋭」といった修飾語をつけてきたが、それは同社主導でつくったオリジナル映像作品に圧倒的な「鋭さ」を感じていたからだ。
そんな私が代表の高橋裕士氏のご実家が、1700年代から代々続く東北の刀匠だと知ったのは実はつい最近のこと。なるほどWOWの「鋭い美しさ」の源流に「鋭い美しさ」の象徴「刀」とのつながりがあったとは!思わずヒザを叩いてしまった。
元々、クライアント仕事の映像制作に加え、アートインスタレーションやアプリの開発(そして渋谷と仙台にある、あまりにも美しいオフィスのデザイン)と映像以外も色々手掛けてきた同社だが、その最新の作品がアート日本刀の「aikuchi」だ。
日本刀づくりの家で育ち、まさにその対極にあるようなフルデジタルの映像制作をつづけてきたWOWの高橋氏。だが、この数年のさまざまなできごともあり、後世に残る「モノ」をつくりたい意欲が湧いてきた、という。
その高橋さんが、このプロジェクトを通して伝えたかったことは3つ。1つ目は「日本の精神と美意識」、2つ目は「伝統と革新」そして3つ目は「世界に通じるビジュアルデザイン」。
その思いが結実した「aikuchi」は、東北の伝統工芸のクラフトマンシップと3Dスキャナーや3Dプリンターと言った最新テクノロジー、そしてWOWが持つ幅広いクリエイター人脈の融合によって生まれた作品だ。
デザインを手掛けたのはMarc Newson。
日本と非常に関係の深いデザイナーで、au by KDDIが2003年に発売した「talby」を手掛けたり、最近ではアップル社の工業デザイン部門長、ジョナサン・アイヴと一緒に「LEICA M for (RED)」のデザインを手掛けたことでも有名。
プロジェクトが始まった時点では、何をやるか、どんな風にやるかといった考えもまったくない白紙の状態だった、というニューソンだったが、大和伝刀工(やまとでんこう)の法華三郎信房氏や秀衡塗(ひでひらぬり)職人の佐々木 優弥氏、岩谷堂箪笥職人の及川孝一氏らを訪問するうちにインスピレーションが沸き、製作が始まるとカロッツェリアMODI社がデジタルな製作工程を手伝った。
法華三郎信房氏は「刀作りにはさまざまな制約があり、それを崩しては伝統を守ることが出来ず
できることも限られていた」と語る。今回のプロジェクトでは、海外デザイナーという新しい血が混じることで、そうした制約を守りつつも、新しい挑戦ができた、という。
例えば刀の刀身を収める鞘(さや)はわかるが、「aikuchi」には柄の部分にもカバーが用意されている。これは戦いの道具ではないことを示す工夫だそうだ。
「今日では、何の実用性も持たない「日本刀」」という話をしていたら、「実は刀は江戸時代から主に目で愛でるための伝統工芸品だった」と教えられた。武士にとって、まさに「ひと財産」と言える刀を滅多なことで抜くことはなく、使い方としても斬るよりも刺す方が主だったと。
「aikuchi」の表面にはニューソンの最近の作品の特徴である「voronoi(ヴォロノイ)」という細胞のような模様(参考:ヴォロノイ図)が秀衡塗りで施され、刀に通す紐にも、それに合う色が染められている。
最後の最後までつくっていたのが刀を収める箱にもなり、飾り台にもなる岩谷堂箪笥職人が手掛けた木箱。
一点のぬかりもなく美しく手掛けられたこの日本刀は10組だけ製作され、夏以降、海外での発表などを終えてから発売が開始されると言う。
この貴重な刀が昨日のお披露目につづいて、本日3月20日の1日だけ東京御成門の東京美術倶楽部にて一般展示が行なわれる(10時から18時)。
鋭さや潔さがつくりだす「日本の美」。
摩擦を避けての「コトナカレ」主義や、当事者ですら1つの製品の隅々まですべてに配慮を行き届かせることができない大企業的「モノヅクリ」がはびこる現代、徐々に失われつつあるこうした感覚を一刀両断するためにも、ぜひ足を運んでおきたい展覧会だ。
なお、この刀の美しさを知るには、私がiPhoneで撮影したこんなブログの写真よりも、公式サイトに掲載された鋭さと美しさが溢れる映像に目を通して欲しい。