Noblesse Oblige
私は「はてなブックマーク」で、話題のページにあがっていた、こちらのブログ記事で詳細を知った:
廃刊LIFE誌の膨大な写真,ネット上で無料開放に
20世紀のアメリカの社会や日常を写真でつづり続けて来た同誌の廃刊は、本当に残念なニュースだが、上のブログ記事で紹介されている通り、「LIFE」の終わりに、素晴らしいニュースがあった。
同誌の親会社、TIME社は、「LIFE」のブランドを残し、同誌がこれまでに撮りためて来た、さまざまなできごとや人々の写真、1000万枚をネットで公開し、自由な私的利用を許可するという。
このニュースを聞いて、頭をよぎった言葉が「Noblesse Oblige(ノーブレス・オブリージュ)」。
「高い身分には(道徳上の)義務が伴う」といった言葉だが、平たく言えば「影響力のあるものによる、社会的責任」といったところか。
社会的責任−−「LIFE」誌で言えば、「20世紀の社会を撮り続け、伝え続けて来たメディアが、雑誌の廃刊と同時に、この貴重な資料を闇に葬ってはいけない、社会に還元しなければならない」といった責任感を感じさせる「写真のネット公開」という今回のアクションだが、私は逆にこのアクションから同誌の高貴さを感じてしまう。
IT関係の歴史をネットで調べたことがある人なら、Webの黎明期の情報が極端に少ないことに気がついているかもしれない。
'95年頃までには、既にWeb上にいくつかのニュース媒体があった。だが、、こうしたWebページの中には、その後、数年経って消えてしまったものも多い。
アップル社関連のニュースで言えば、米国のMacWeekや日本のMacWireなどが代表格だ(というか、残っているのがPC WatchとInternet Watchくらいしかなくなってしまった。先日、ascii24もascii.jpに変わってしまったし。とりあえず、アスキーはなんとか、ascii24の過去記事を読めるようにしているが、これは絶対になくして欲しくないな)。数多くのニュースサイトがあったが、その多くが移転、閉鎖、リブランディングを通してなくなってしまった。だが、当時はこうしたサイトに情報があったこともあり、個人Webページなどでは、ただリンクだけを貼って詳細を書いていないことが多い。リンクを辿って、「ページが見つかりません」のメッセージが表示されると、デジタル情報だからといって永遠ではないのだと、なんだか、ちょっと残念な気分になる(もっとも、これとは逆に、「昔はそうだったけれど、今は違う」賞味期限が切れた情報が、いつまでも掲載されつづけ、後から波紋を読むケースもあるので、これは単純な問題ではないのはわかる)。
米国では情報を熱心にアーカイブ化し蓄積しようとする人も多く、Web ArchiveなどのWebサイトもある。それから昔は、歴代のフリーウェアやシェアウェアのアーカイブ化を試みた「Info-mac HyperArchive」というのもあった。しかし、その後、インターネットは、とてもこうしたアーカイブ・サイト、サービスだけでは記録しきれないいきおいで急成長した。
そのため、結局、その時代のニュースは、雑誌などの紙媒体でしか、残っていないということも多い(逆にインターネットが一般に普及する前の時代の情報だと、結構、細かいことを含めて見つかることが多い気がする)。
ただ、人々のWeb依存度が高まっている今日、社会的影響力の大きいメディアの方々には、何かの理由でサービスをやめることになったときに、ぜひ「LIFE」のようなやり方ができないかを考えて欲しい。
[これはWeb Archiveに記録されていた、1996年頃の私のホームページ]
話しが脱線しつづけて広がるのがnobilog2流だ。
「Noblesse Oblige」といえば、最近、「Noblesse」という雑誌を愛読している(巻頭に「Noblesse Oblige」というリレー・コラムがある)。
いいインスピレーション、いいvibeを与えてくれる、お気に入り雑誌のひとつだ。
「高貴」という意味の「Noblesse」を「カッコイイ大人」、「経済力、文化力、人間力を兼ね備え、現在では少なくなってしまった、子どもたちに尊敬され、指針となるべき大人」と定義している−−この当たりも、この雑誌に共感できる点かも。ぜひとも、この3つを兼ね備えたいものだ。
今の時代の、今の日本に、どれだけ受け容れられているのか、人ごとながら心配してしまうが、静かな白州次郎、白州正子は今でも続いているようだし、もしかしたら、そんなに心配する必要はないのかもしれない。
こういう雑誌、もうちょっと増えてもいいと思う。
なんていうブログ記事を書いて、いい気分になっていたところ、こんなニュースを目にして、再びちょっと暗い気分になった:
「音楽などの不正コピー、私的複製も違法に・知財本部が了承」
音楽を取り扱いにくく、楽しみにくくすることが、本当に音楽にとっていいんだろうか。
そんなことをしても、結局、音楽離れが進むだけなんじゃないかと思えてならない。
iTunesとiPodの偉大な功績のひとつは、人々の音楽離れがひどかった時期に、再び音楽を聞く楽しさを思い出させてくれたことだと思う。日本の音楽業界とか著作権関係、知財関係の団体から出てくるニュースは、この根本の部分の理解が、違っている気がする。
発表される内容のひとつひとつに、ちょっとした(いや、大きな?)ベクトルのズレを感じてしまう。
音楽の不正コピーが問題だと思うなら、個人的にはレンタルCDを廃止した方が、よほど不正コピー防止に効果があるように思えるのは、私だけだろうか。
レンタルCDを廃止して、その代わりにDRMの管理はあるけれど、取り回しはとにかく自由にして音楽を楽しんでもらう。そういうベクトルがいいんじゃないかと、私は思う。
レンタルCDで、借りてきてリッピングした音楽と、iTunes StoreなどDRMのついた音楽配信サービスから購入した音楽だったら、ITリテラシーの高い人は別として、世の中のほとんどの人にとっては後者の方が圧倒的に違法流通しづらい存在だし、音楽著作者(とくにアーティスト)にとっても理想なフォーマットだと思う。
アーティストの方々の中には「ITは苦手」という人も多いだろうが、これからの仕事に関わる重要なエリア。できるだけ、広く大勢の人の意見に耳を傾けて、自分なりの考えを持って欲しい。
この一見、当たり前なことの何が問題かというと、マシンが壊れて使えなくなったときだ。私のiTunes Storeのアカウント5つのうち、3つは、壊れて起動しなくなったiBook(Dual USB)とPowerBook G3(Pismo)、PowerBook G4(12インチ)で消費されている。壊れて起動しないということは、登録の解除ができず、今、実質、音楽が聴けるマシンは2台だけとなっている。Yさんは、故障したMacを修理に出してマザーボード交換を行ったところ、マシンは治ったが、おそらくマシンのシリアル番号が変わった関係で、登録が解除できなくなった、という話しだ。事情が変わっている可能性があるかもしれないので、確認した方がいいと言われたが、今日も1日、打ち合わせで出ていたために、確認はしていない。ただ、パソコンの調子がおかしくなりかけている人には、ぜひとも1にハードディスクのバックアップ、2にiTunes Storeの認証解除をすることを勧めておきたい。
[本文とまったく連動していない写真集、今日はこちらのアルカトラズ島に行ったときの写真からでした。11年前の自分の声がちょっと恥ずかしい]