違法コピー・マーケティング

CNet Japanに、驚く見出しの記事が出ていた

マイクロソフト、米でWinXP Proの違法コピー利用者に正規版を提供[CNet Japan]

よく読むと(当然ながら)、知らず知らずのうちに違法コピーになってしまっているユーザーが対象の実験的キャンペーンのようだ。
 自分のライセンスが偽造され使われているユーザーが、ちゃんとWindows XP Proを購入したことを証明することで、無償でWindows XP Proを受け取れるという内容で、とてもありがたいが、その見出しの大胆な響きに反して真っ当な内容だった。

しかし、実は十数年前、この記事タイトルから想像されるような大胆不敵なマーケティングを行った会社があった。「dynodex」というシステム手帳のリフィル印刷ソフトを出していた米国Portofolio Systemsという会社だ。もはや、手元に資料もないので、記憶だけで書く。
当時、filofax社のシステム手帳を愛用していたこともあり、dynodexは大好きなソフトの1つだった。
最初は米国の雑誌でもしきりにとりあげられて売れていたdynodexだが、ある時点からパタリと売れ行きが止まったのか、かなり苦しんでいたようすだ。

 いくつか、ライバルソフトも登場したので、まずはサイドグレードのキャンペーンを始めた。

 アップグレードとは同じソフトの最新版に更新することだが、これに対してサイドグレードとは、他社の競合製品への切り替えを勧めるキャンペーンで、それまで使っていた他社製品のディスクなどを送付させることで、商品の優待販売を行うというもの。米国では結構、よく行われている。

 でも、そのうち、サイドグレードの勢いも止まってきたのだろう。競合はしないけれど、関係のある製品のユーザーを対象にした優待販売も始めた。そのソフトのユーザーであることを証明すると、特別価格で買える、というキャンペーンだ。

 だが、その後に来たキャンペーンこそ、もしかしたらパソコン史に残る大胆キャンペーンだったかもしれない。
Portofolio社は、MACWORLDやMac Userなどの米国Mac雑誌のサイドバー、誌面の端約1/3ページ分のスペースを使った広告で、こう訴えかけた:
 例え違法コピー版のユーザーであっても、dynodexを愛用してくれるユーザーは貴重なユーザーです。この機会に正規版の優待販売を行います。正規版にはちゃんと6穴があいた印刷用のリフィルなども付属しています。入手経路は問いません。ぜひ、この機会に特別優待販売価格で正規版を購入しましょう。

 単に製品の値下げでも良さそうな話を、わざわざ違法コピーユーザー優遇にしたPortofolio Systemにどういう考えがあったのかは今となってはわからない。
 違法コピーしたユーザーの方が、していないユーザーよりも優待されるという点で、違法コピーを助長している印象も与え、議論を呼んだに違いないと想像してしまう(が、私が知る限りでは特にそうした議論は見かけなかった)。

 でも、万人に訴えかけるより、ある程度、大きさの絞り込まれたターゲット層に「ありえないほどいい条件」をつきつけることのインパクトに圧倒された。

 それから数年経った時、ある会社のソフトの正規版が、間違ってある雑誌のCD-ROMに収録されるという事件があった(どちらの会社の関係者にとっても苦々しい思い出なので詳細は略させてもらう)。
 私はソフトの販売会社側に知り合いが多くいたので(従業員ではない)、Portofolio Systems社の例を思い出して、こう提案してみた。
 今回の事件でソフトを手に入れた人を対象に、正規版への優待アップグレードを行えば、売り上げにそれなりのブーストがかかるはず。

 もちろん、この提案はただのジョークとして流され、誰も耳を貸さなかった。

 しかし、違法コピーだけに関わらず、ソフトをネットワーク越しやメディア越しにカジュアルにコピーするということは、ソフトの流通に勢いを与えてくれる。

 P2Pというと、違法コピーの温床のようなイメージがあるが、一度、Palm OS開発者が集まるPalm Sourceの基調講演で目から鱗が出るようなソフトのデモを見た。
 Bluetoothなどの無線技術を使って、例えば同じ電車の車両に乗り合わせた他のPalmユーザーが使っているアプリケーションの一覧が参照でき、欲しければそのアプリケーションを簡単にコピーできるというソフトだった。
丁寧に自分が持っているアプリケーションをレビューして、評価する機能も用意されている。

 もっとも、Palmの世界では、ソフトは単純にコピーすると正規版としてではなく、デモ版モードで動作する。
 ここでしばらくそのソフトをデモ・モードで使ってみて、気に入ればライセンス料を支払ってシリアルコードを手に入れ、正規版として使えばいいのだ。

世の中、Windowsにしても、Macにしても、Palmにしてもソフトはゴマンとある。
でも、ユーザーが一生に試せるソフトはそのうちのほんの数%程度だろう。
なんとか、より多くのユーザーに知ってもらう出会いを演出する上ではP2Pやカジュアルコピーは有益な手段に思える。

従来のビジネスモデルを尊重して、その勢いに真っ向から対向していくのか、あるいは勢いをうまく取り込めるビジネスモデルを新たに発案できるか。高いからとか、面倒だからという理由で、お金を払っていなかったユーザーに、なんとか気持ちよく対価を払わせる方法を用意できるかによって世界はかなり変わってくるような気がする。

さて、どうやら現実(仕事)逃避がすぎたようだ。今から心を入れ替えて仕事をするぞ(いつもスタートが遅すぎ@1.31AM)

蛇足だが、Dynodexを最終的に殺したのは、QuickDraw GXだ。
Dynodexの売りは、バイブルサイズ(システム手帳のページサイズ)に情報をフィットさせる縮小印刷や、両面印刷の機能、そしてPortofolio社が発売しているミシン目入りのリフィルにあった。

ところが、アップル社がQuickDraw GXという技術を、発表すると、これと同じことがOSで標準でできるようになってしまった。Pierce Software社が開発したPaper Saverという安価なシェアウェアでも十分dynodexの代用ができてしまったのだ。
 日本でも最近、有名になってきた米Avery社も、この頃から勢いを増していた。日本だと、AVERY社の印刷用紙や印刷用ラベルはたいした種類がないが、米国では驚くほど豊富に種類がある。Avery社が発売しているソフト(Mac用もあった)を使えば、そのラベルの番号を打ち込むだけで特殊サイズのラベルでも、用紙でもWYSIWYG印刷ができたのだ。
 
Macに詳しい人ならご存知の通り、このQuickDraw GXは、結局、Mac OSそのものに正式に採用されることがないまま、消えて行った技術だが、残念ながらPortfolio Sytemはこの短い冬を乗り切ることができなかったようだ。

mixiの日記へ戻る

投稿者名 Nobuyuki Hayashi 林信行 投稿日時 2005年05月09日 | Permalink