YouTube新サービスから考える「点と線」

iPadのインターフェースの凄さにもう1度、ビックリしようと思ってYouTubeを開いたら、別のことにビックリした。

iPadの動画の「再生バー」にCCと表示される。
ここでいうCCは「Creative Commons」ではなく、「Closed Caption(クローズドキャプション)」のこと。

最初はアップルがiPadをユニバーサルな製品と捉えて、CCをつけたのかと思っていたが、クリックしてみてビックリ。こんなメニューが表示された。


なんと、YouTubeが音声を認識して字幕に変換するサービスと、字幕をさらに翻訳して表示するサービスの実験を始めたようだ。
選んでみると、すぐさま、こんなダイアログが表示され、1分も経たないうちに字幕の表示が始まった。



音声認識のレベルは?というと、現時点ではお世辞にも「いい」とは言えない。
昔、雑誌やWebサイトが翻訳ソフトの「迷」訳や文字認識ソフトの「迷」認識対決などを企画記事で載せていたが、またあれができそうなレベル。

例えばこちらの字幕なんて、下手したら「女性蔑視の字幕!」って抗議されそうなレベルだ。


実際には「iPad is a world-class e-mail client(iPadは世界級の電子メールクライアント)」と言っている。

人によっては、このサービスを見て、 「YouTubeのクローズドキャプション、使えない!」という人もいるだろう。

でも、それは極めて20世紀的な発想だ。

このブログ記事のタイトルにある「点と線」とは、まさにこのことを指している。 日本では、製品が出ると、それが製品の最終形で、今後、進化も発展もすることがないもののようにして評価されることが多い気がする。これが家電メーカーでも、ハードウェア部門が強い日本的な「点の発想」だとすると、「今はまだ使えないけど、これ将来、使い物になるようになったら怖いね」と将来の可能性まで込みで(未来に伸びたベクトル軸で)考えるのが「線の発想」だ。

実際、「YouTubeのクローズドキャプション」サービスは、まだ始まったばかりのベータ版のサービスだが、誰もやっていないことを、まっさきにやり、他社よりもいち早く情報を収集し始めたことで、いずれは、一番、先頭に立つサービスになる可能性の方が高く、恐ろしいのではないかと、私も思っている。


「Web 2.0」という言葉が広まったとき、なぜか日本ではCGM(Consumer Generated Media)という側面ばかりにスポットライトが当たったが、「Web 2.0」の数ある考え方の中で、もう1つ重要なのが「Perpetual Beta(永遠のベータ)」の考え方だ。 「Web 2.0」というバージョン番号が振られたコンセプトで語られるのが、ある意味、皮肉だが、Web 2.0的サービスでは、もはやバージョン番号は意味をなさなくなっている。というのも、常に改善され進化を続けているからだ。


こちらはDave McClureの「Startup Metrics」のスライドから拝借して、私が企業向け講演などで使用しているスライド。

これまでは「製品をつくることがゴール」と考える人が多かったけれど、実はどんなに優秀な人を集めても、数人が会議室で出し合った知恵なんて、実はたかが知れている。

それよりは製品を出した後、市場での反応を分析し、そこから製品がより売れるようにするためには、どうしたらいいかを学習し、製品の改善に役立てる。つまり、常に成長し続けるPerpetual Betaな戦略を取ることの方が21世紀型だと思う。

ちなみに、この反応の分析の方法だが、論点がずれるので、ここでは細かく触れないが、例えば誰に使われているか、どれくらいの頻度で使われているか、どんな使われ方をしているかなどを「自然に起きている行動」を観察するのは意味があることだが、アンケートやインタビューを取るといった方法で得られる結果は(こと新しい概念の製品では特に)役に立たないことが多い、と言われている。

Web 2.0のサービスなど、インターネットに紐づいているサービスだと、こうした永遠の改善をするための調査がしやすい。
なぜか、Dave McClureは、あまり話題にしないが、実はほぼ常にネットにつながっているiPhoneのアプリケーションなども同様だと、私は考えている。実際、AdMobなどの調査会社も、同社のコードを採用したアプリについて、細かいmetrics(分析データ)を提供している。

AmazonがA/Bテスト(同じ商品の販売ページにAパターンとBパターンを用意し、より購買に結びついたレイアウトを生き残らせる)などを頻繁に行っているのも、このコンテクストでのできごと。要するに少数の専門家の意見を採用するよりも、ダーウィンの自然選択説的にネットで公開してみて、より多くの人々が自然に選択したものの方が、逆風にもさらされず、しなやかな形で時代に根をはりやすい、ということだ。

私は、こうした考え方は、ソフトウェア商品だけではなく、ハードウェア商品の開発にも当てはまると思っている。

ソフトの商品と比べ、「観察」や「情報収集」がしにくい側面があるのは事実だが、工夫次第では可能だ。
実際、アップルは、そうした観察が、とても得意な企業の1つで、アップル直営店のAppleStoreは、まさにこの観察のための場所でもある。このことは、私がこれまでに書いてきたさまざまな著書でも触れているが、フィル・シラー氏のインタビューで彼も認めていた。こちらの記事の2ページ目は、メーカーの経営者の方にも、ぜひ読んで欲しい:

ITmedia:アップル上級副社長に聞く:
「デジタルライフスタイルの未来はiPhoneにある」――フィル・シラー


ただ、いくら、それを情報収集を行っても、それを活かす改善を行わないことには意味がない。

ここ数日、はてなブックマークを見ていると、日本は「失敗が許される国」か、「失敗が許されない国」かの議論が行われている。

ZOPEジャンキー日記: 失敗できない日本
ロケスタ社長日記: 失敗ができる国、日本

2人とは、少し観点が違っているが、私がよく知っている日本メーカーの多くは、少なくとも製品プロジェクト単位では失敗が許されない企業、という印象がある。

一生懸命コンセプトから練ってつくった製品が、いざ市場でうれないと、その理由が、簡単に解決できる問題が原因であろうと、実はたまたま時期が悪かっただとか、販売店での陳列方法が悪かったなど、開発とは関係ない理由だったとしても、しばらくすると、開発チームが解体され、せっかくの失敗のノウハウが後続商品の開発に活かされない、ことが多い気がする。
おそらく、長い間シリーズ化されている実績のある製品では、もう少し、失敗が許されるのだろうが、新しいチャレンジでは、特にこの傾向が強い印象がある。

だから、金鉱を頑張って掘り続け、最初に金脈を掘り当てるのは、失敗しても何度でも改善を重ねながらチャレンジし続ける海外企業の方が多いんじゃなかろうか、とちょっと焦りを感じている。


「点の発想」対「線の発想」:この表現、そのものは「点と線」のテレビドラマスペシャルが流れたときから、考えていたもので、実はこうした評価をする人が多いことが、日本をハードウェア偏向パラダイムに押しとどめる一因になっているんじゃないかと思って、ずっと書きたいと思っていたが、今回、ブログ移行で気持ちが軽くなったおかげで、ようやく書くことができた。満足 ;-)



あまり、自著は宣伝しない方針だったけど、今回、紹介したこの当たりのメッセージは、下の2冊でも一番、伝えたかった部分なので紹介させてもらう:
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    編集者には申し訳ないが、この著書は、あまり人にお勧めできない。何故ならiPhoneが日本で発売される前の本であり、今ではiPhoneまわりの状況はかなり大きく変わってしまっているからだ。ただし、アップルがどういう発想でiPhoneをつくったかなどは、それなりに書けていると思うし、AppleStoreからのフィードバックの話しも紹介しているので、そのあたりに興味がある人は、まずは大きな書店で立ち読みをするか、久々に図書館に足を運んで、流し読みしてみて欲しい。
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投稿者名 Nobuyuki Hayashi 林信行 投稿日時 2010年03月09日 | Permalink