基準は自分でつくる!〜UPの取材で思ったこと
日々の運動量と食事、睡眠を記録するJAWBONEの「UP」がついに国内でも発売された(予約が始まっただけで、実際の発売開始は4月20日から)。
眠りの浅い深いを記録し、もっとも心地よく起きれるタイミングで、音を鳴らさずバイブレーション機能で起こしてくれる、というこの機能だけでもかなり人気の製品だ(個人的には、午後も快活に過ごせるようにパワーナップ(仮眠)を支援する機能も素晴らしいと思う)。
製品の国内発売に先立って、担当者が来日し、インタビューに応じてくれた。
詳しいインタビューの内容はケータイWATCHをはじめ、他所でも紹介されているので、そちらを参照してもらうとして、私は製品説明の場での「防水」についての話が心に残ったので、記事にしたい。
ここ数年、「防水」と言えば「日本のケータイメーカーの強み」というのが、国内家電メーカーのジョーシキだ。
日本で7〜8年前に松村太郎氏らが行った調査でも、女子大生(今は社会人?)がシャワーを浴びながらもケータイを使う、といった調査結果もあり、お風呂やシャワーの最中でも使える防水機能が重要とされてきた。
一度、どちらの方向に進めばいいかを示されると、その方向に対して、黙々と技術を洗練させるのが日本企業のいいところ。日本は非常に高い国際基準のIPX5やIPX7といった基準をクリアするケータイがもはやジョーシキになり、国際ケータイのほとんどのモデルが防水対応になった。
バルセロナで毎年開催されるケータイのイベントでも、日本メーカーのブースに行くと、海外製品にはない、その強さをアピールすべく、ケータイを水槽の中に展示していたり、水をかけたりしている。
確かにその技術は凄いには凄いが、そのおかげで日本製のケータイは、すべて電源端子の部分に面倒なプラスチックキャップがついており、充電の度にそれを取り外さなければならない。
ほとんどの人にとって、年に何回やらかすか わからない水没に備えて、毎日行う充電作業が非常に面倒なことになっている、という事態が続いている。
しかも、この高度な防水は、この少し大変なキャップを完全にハメる、という状態が守られて初めて保証されるもの。充電する際に面倒だからと、充電端子カバーを緩めに押し込んでいた状態では、表示されている防水性は守られていないのだ。
私は数年前から、そんな「スペックシート」で優位を示すためだけの防水性に疑問を感じ始めた。
そんな頃、海外のイベントでは、ナノコーティングという技術を使って、ケータイ電話の基板そのものを、コーティングしてしまうという技術が話題になり始める。
この技術を使って加工すれば一見、素の状態に見えるiPhoneが、そのまま水の中で使えるようになってしまう。
スペック好きの人が、真っ先に心配するIPX5や7といった基準は満たさないかも知れないが、それでも、カバーを外す手間なく、そのままケーブルをさして充電できる快適さを保ったまま、万が一、水の中に落としても大丈夫、という「実用性」の高さは、こちらの方が圧倒的に高いのではないか?と思わされ衝撃を受けた(最近、日本ではドコモが発売するAscend D2などがこの技術をさらに高め、濡れた状態でもタッチ操作がしやすい端末に仕上げている)。
その後、JAWBONE「UP」の取材をして、インスピレーションを得た。
JAWBONE UPは一昨年、鳴り物入りで登場し2011年のクリスマス時期、アメリカでもっとも人気があるデジタルガジェットだった。
しかし、その後、不名誉な製品回収が始まる。実際に製品を発売してみると、故障があまりにも多く、メーカー側で回収することを決めたのだ。
開発時に充分テストをしたつもりだったが、実際に発売してみると、人によって腕への装着の仕方から始まり、利用スタイルにJAWBONE社の予想を上回るバリエーションがあり、それが故障頻発につながったのだ。
だが、同社が凄いのは、ここで「失敗作」の烙印を押して、プロジェクトをやめてしまうのではなく、敢えて険しい道を取ったこと。
なんと、第1弾のUPの後、200以上のプロトタイプと16000人時(1 人 1 時間の仕事の量×1万6千)をかけて、ほとんどの人の使い方に対して耐久性と防水性を備えた新しい「UP」を今回、完成させた、というのだ。
この製品説明で、どの部分にインスピレーションを受けたかと言うと、最初の「失敗作」だった「UP」がIPX5、6、7やISO 22810、6425、MIL810Gといった防水に関するかなり厳しいとされている標準をすべてクリアしていた、という事実だ。彼らもこれだけ色々な基準を満たしているから「防水」と唱っていいだろうと、製品テスト方法などを、これらのテスト期間に委ねていた部分があった。
しかし、それが失敗の元だった。
JAWBONE社は、この経験を経て「既存の業界標準」は充分ではない、と結論づけて、自らの基準で極めて過酷な耐久性テスト、耐水性テストの施設をつくって製品開発に臨んだ。
「高品質ブランド」という自らの看板を守るためには、国際標準を満たすよりも、自分たち自身でつくった基準を満たす方が大事だと気がついた、という。
これを聞いて思い出したのが、この言葉
"Be a yardstick of quality."
世の中には、たくさん「スティーブ・ジョブズの言葉」とされてはいるが、実際には出典が分からず、本当に本人がいったかどうかわらかない言葉があり、これもその1つ(なので、私が書いた本では紹介していない)。
意味は
「品質におけるメートル原器になれ(ヤード原器?)」
つまり「自ら高い品質の基準となれ」という意味だ。
ジョブズは、その後に"Some people aren't used to an environment where excellence is expected."(優越が期待されている、という環境に慣れていない人もいる)と付け加えたとされている。
「スペックシート至上主義」は、こうした本来大事なものを見失わせ本末転倒な結果を招くことがある。
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