みらいの夏ギフトでテクノロジーのワクワクをもう1度

2016年8月9日(火)まで、伊勢丹新宿の本館とMENS館で展開している「 #みらいの夏ギフト 」で私が関わった展示について、背景にある考えなどをまとめさせてもらいました:

今回、幸運にも伊勢丹の展示場の中でも最も重要な伊勢丹新宿本館1階「ザ・ステージ」の企画、キュレーション、ディレクションそして束の間ながら展示説明員の体験もさせていただき、人に喜んでもらうことがどれだけ楽しいか、そして素晴らしいかを味あわせてもらうこともできた。

展示は、今年が3年目となる「みらいの夏ギフト」という伊勢丹 x ifs未来研究所(私も外部研究員として所属)の一環だ。
もともとは伊勢丹Re-Styleの中北さんの提案から始まった「みらいの夏ギフト」の企画。ifs未来研究所の川島蓉子所長から「Nobiさんが面白いと思う」と抜擢してもらい、10incの柿木原政広さんやコピーライターとしてあまりにも有名な国井美果さんらとご一緒という夢のようなチームで取り組んできた。
3回目となる今年はこの「夏ギフト」を本館とMENS館を使った全館企画に昇格させ、伊勢丹の顔となる「ザ・ステージ」では「デジタル製品」を販売したい、という要望が伊勢丹側から出た。
「デジタル」ということで、すぐに私に白羽の矢が立ったが、正直にいうと伊勢丹の1階にいわゆる「ガジェット売り場」になるという絵はどうにも許せなかった。

「ガジェット」というと、「そういう製品が好きな人が(主に男性)、『便利』を言い訳に、自分の物欲を満たすために買いにいくもの」というイメージが強い。
販売方法も、延々とつづく蛍光灯の下に、「ウェアラブル系」や「カメラ系」といった大雑把なくくりにむりやりまとめられた文字がびっちり書かれた似たサイズの箱が延々と並び、そこに書かれた文字やチラシを比較しながら買い物するというイメージがして、およそ「ステキ」と思える要素がない。
二子玉川の「蔦屋家電」は、確かにちゃんとキュレーションした商品を素敵な佇まいで販売はしているが、何かその先をいける販売方法はないものだろうか。

自分の中でいくつかルールを決めた。
どんな商品も「便利」といった途端に色気も魅力も失ってしまう。
わざわざ無駄に「不便」を強いる商品などめったにないわけだし「便利」という言葉を使ったら負けだと思った。

だが、そうしたマイナスから脱する方法だけではまだ足りなくて、売り場を魅力にする何かもっと強いコンセプトが必要だと思った。
伊勢丹の他のコーナーで売られる他の商品のように、商品がキラキラ光って魅力的に見えるようないいキーワード。
そんな時に浮かんだのが「魔法」というキーワードだ。
「十分に発達した科学は、魔法と見分けがつかない」というのはアーサーCクラークの有名な言葉だが、古代から人々がテクノロジーに惹かれ続けてきたのは「魔法」のような魅力があったからに他ならない。
テクノロジーを「魔法」と表現する方法は、最近では落合陽一さんの著書「魔法の世紀」などもあり一般にもあらためて広がったが、その前に「iPad 2」のCMで「魔法のように」という言葉が使われたり、ITmediaのために行った「元素図鑑」をつくったセオドア・グレイのインタビューで「ハリー・ポッターの世界を目指した」という話を聞いてからは、私も2010年以降の講演では、しばしば「昭和の延長線の発想から抜け出すには、自分の仕事に魔法をかけたらどうなるかを想像してみることだ」と話をしてきた。

この「魔法」というキーワードが決まってからは、話が早かった。
まっさきに思いついた商品は日本では学研が発売する「Livescribe Echo」だ。
私も2010年には、前身となる製品を「21世紀を感じさせる魔法のLiveScribeペン」としてブログで紹介している。


Livescribe Echoの展示


 このLivescribeペンの最新版は、Livescribe 3という製品で、これはスマートフォンを使いこなし、WiFiやBluetoothの設定も自在にこなす人たちには便利な製品だが、そうしたテクノロジーの難しさを感じさせず、純粋に魔法を楽しめるという理由から、あえて古い方のモデル「Livescribe Echo」を商品として選ばせてもらった。
この選択には、こんな思いもある。テクノロジー市場では「常に最新の製品だけが正義」と思われがちだが、実はそんなことはないと伝えたかった。
商品は私の想像を上回る形で、その期待に応えてくれた。実は個人的にはLivescribe EchoからLivescribe 3に乗り換えて、Echoはほとんど使わなくなっていたのだが、私が使うのをやめて以降、Livescribe Echoのソフトウェアが大幅に進化していて、以前に感じていた不満がほとんど解消されてしまっていたのだ。

伊勢丹本館の1階といえば、女性客が中心。
いらっしゃるお客さまがたにどうやったら商品の魅力を伝えられるか。
このストーリーは伊勢丹の社員の方々が考えてきてくれて、帰宅してから夫婦で、料理のレシピや子供に聞かせたい物語を描いてきてくれて、「この発想はなかった」と私はもちろん、学研の人をも驚かせていた。

こんな調子で、個人的に「大きい魔法」と呼んでいる商品と、魅力が単機能に絞られる「小さい魔法」であわせて15製品ほどを選び、そこに元々、この企画で販売するという話が決まっていた製品もいくつか加わった。

次なる問題は、この「魔法」をどのように展示をするか。
ただ、ズラーっと商品をテーブルに並べただけでは「魔法」という言葉が持つ魅力がなかなか伝わらない。
不安いっぱいの装飾ミーティングで、とにかく1つ1つの製品が持つ「魔法的な魅力」を精一杯、プレゼンテーションしたところ、今回の装飾をてがけたAtMaの鈴木さん、あゆみさんがそれに共鳴し、悪乗りしてくれてザ・ステージをカーテンで覆い「魔法のテント」にしてしまうというすごいアイディアを出してきてくれた。
その絵を見て興奮した。「これができたら凄い!前代未聞のデジタル製品の販売方法になる」と頭の中が「!」マークで埋まった。「でも、さすがにこの装飾はお金がかかりすぎてムリだろう」と、門外漢の私でもすぐに思った。
しかし、伊勢丹側からはなんと「Goサイン」が出た。


 これから伊勢丹としても真剣に取り組んでいかなければならない「デジタル製品の販売」を学べる良い学習になればということなのだろうか。正直、Goサインが出た時には「伊勢丹大丈夫か?本当にいいのか?」という思いと「この企画は絶対に成功させなければならない」という責任感で頭がいっぱいになった。

最終的には、さまざまな制約からカーテンで全体を覆う夢こそ叶わなかったが、 AtMaの二人はその後も妥協をせず前日の深夜過ぎ、誰も見ることがない展示パネルの側面にまで模様を描いて、たった1週間の展示のためとは思えないような、素晴らしい展示装飾をつくりあげてくれた。この装飾は「デジタル製品販売の歴史」に残るチャレンジじゃないかと思う。

1つ1つの製品には、国井さんの美しい言葉で商品を贈る側の気持ちや、受け取った人たちがどのように使うかをワクワクしながら思い浮かべられるきれいなストーリーも添えられた。

かつて「デジタル製品」が、こんなしつらえで販売されたことがあっただろうか。
1つ1つの製品が、ここまで手間をかけられ、愛情をかけられ展示され、販売されたことがあっただろうか。

この販売企画がきっかけで、再び「テクノロジー製品」が人々をワクワクさせ始めてくれること、そしてそのワクワクをしっかり伝えるような、丁寧な販売をする文化が広がってくれることを望んでやまない。

もちろん、今回の展示もいきなり最初から大成功で、問題がないとは言えず、いろいろ展示が始まってから「ああすればよかった」、「こんなところは経験値が足りずに思いつかなかった」と後悔した点もあるが、ぜひ、これを最後にせず第2弾、第3弾として、メーカーの方が選ばれることを喜んでくれるような「夏ギフト」からは独立したシリーズの企画として続けていけたらいいな、と思った。

最後に、私は日本の家電メーカーを弱体化した、無視できない大きな要因が、その売られ方にあると今では余計に強く思ってきたので、今回、伊勢丹とifs未来研には非常に貴重な機会をいただき大変感謝をしている。
この1週間の展示はしばらくの間、「2016年以降の林信行」の代表的な仕事として紹介させていただくつもりだ。


投稿者名 Nobuyuki Hayashi 林信行 投稿日時 2016年08月05日 | Permalink